東京学芸大学附属
竹早中学校同窓会 サイトマップへサイトマップ
 同窓生から




本ページは、同窓生同士の情報交流の場です。
エッセイや身辺雑記、個展や展覧会のお知らせ、新しいビジネス展開の報告や協力要請、 仕事仲間の募集…等々、文化活動やビジネスの情報、自薦他薦のPRなど、情報発信にご利用ください。 投稿は下記まで。お気軽にどうぞ! 写真、イラストを添えていただければ幸甚です。 メールまたは郵便で受け付けています。

投稿先 : tagami3@officem.jp
郵便 : 〒105-6016 東京都千代田区大手町1-5-1
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      株式会社オフィスエム 田上睦美



13期同期会の報告

13期生の皆様へ (2010年7月)

 去る7月10日(土)午後、母校・竹早中学校に於いて平成22年度同窓会が開催されましたが、同日夕刻、ホテルグランドヒル市ヶ谷に於いて13期生の同期会も開催されました。 皆様ご存知のように、現在同窓会の会長と副会長の大役を献身的に務めて卒業生と母校の為にご尽力頂いている古谷顕史郎さんと三嶋明さんは、お二人とも13期卒業生です。 今年は、このお二人の力強いサポートを頂いて有志数名が協力し、久しぶりの同期会を準備することが出来ました。

  4クラスの担任のうちB組の梅津先生とC組の杉山先生がご出席くださいました。 A組の諸橋先生とD組の坪倉先生そして数名の同期生の方々が既に他界なさったことは大変残念なことでしたが、約50名の同期生が出席し旧交を温めました。

 3〜4年前に還暦を迎えた生徒達ですが、お二人の先生のご用意くださった『おみやげ』を頂く人を決める為に真剣にジャンケンをしたり、当日名司会を務めてくださった三嶋さんの細やかなご配慮とアイディア溢れるプログラムに乗せられて和やかに楽しい時間を過ごしました。

  80歳近くになられた両先生は、今も変わらぬ「誉めて育てる」温かなまなざしで約50年前の生徒達にお誉めの言葉や思い出話を語ってくださり、又ご自身それぞれお元気に年を重ねてこられた秘訣などを教えてくださいました。幾つになっても先生と生徒の関係に変わりはありませんでした。

  また卒業後の約50年間を個性豊かに精一杯歩んできた同期生の代表数名によるスピーチにも同感や激励の温かな拍手がおくられ、多感な中学生時代に同じ時間と場所を共有できた素敵な仲間達を自分のことのように誇らしく喜び合いました。

  ご出席くださった皆様と返信葉書で近況をお寄せ頂いた皆様に感謝致しますとともに、今後のご健康を心からお祈り申し上げます。

13期同期会呼びかけ人一同

13期同窓会グループ
13期同窓会挨拶


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三角枝里佳 メゾソプラノリサイタル

今年も10月15日に銀座王子ホールでリサイタルを行います。
マネージメントホームページ
http://www.concert.co.jp/test/ticket/details/misumi/index01.html

三角枝里佳 (29期 三角映子)


三角枝里佳メゾソプラノリサイタル

ピアノ: 三ッ石潤司
日時: 2008年10月15日(火)19時開演(18:30開場)
会場: 王子ホール
入場券: 4000円(全席指定・税込)
曲目

第1部:夜の歌 First Half Night Songs

  • ベルリオーズ:「夏の夜」より“ヴィラネル”、“バラの精”
  • フォーレ:月の光、ノクターン
  • ベッリーニ:優雅な月よ 全曲
* * * * * * * * * * * * * * *

第2部:ゲーテの詩による歌曲とオペラ Second Half Songs and operas on poem by Goethe

  • 「ミニヨン」“Mignon” 全4曲
  • 「ファウスト」“Faust” 全3曲
  • 「ウェルテル」“Werther”
問合せ先: コンサートイマジン TEL 03-3235-3777
チケットお取扱い:

コンサートイマジン TEL 03-3235-3777
チケットぴあ TEL 0570-02-9999
王子ホールチケットセンター TEL 03- 3567- 9990

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東京学芸大学附属竹早中学同窓生の皆様へ

私は現在オランダ王立熱帯研究所での修学中(熱帯医学の学位修得済み。現在国際保健の修士課程を修学中です)でありますが、東京学芸大学付属竹早中学同窓生の皆様に緊急でお願いしたきことありまして、乱文乱筆ではございますが文をしたためている次第にございます。

5月初めのミャンマーでのサイクロンの被害は皆様もご存じのことと思います。私はこの度、所属している日本の災害医療NGO、HuMA(Humanitarian Medical Assistance、人道災害医療支援会)の要請を受け、5月15日にAmsterdamを発ち、6月22日の現在に至るまでミャンマーにて救援活動をしております。現地の被害は相当なもので、死者、行方不明者は150,000人を超える大災害です。また雨期の始まりの被災は、洪水による二次災害をもたらし通年より2〜3か月長引く10月頃まで続くと予測されています。また被災地の大半はマラリア、デング熱といった蚊が媒介する致死的な病気の流行地帯であり、現在すでにサイクロンの影響で家を失い、一時的な仮設テントで生活を強いられている被災民がデング熱の脅威にさらされております。実際昨年の2倍の数の患者が報告されており、WHOもデング熱の危険宣言を出し、それの対応に追われているところです。

私の所属するHuMAは現地の私立病院Pun Hlaing International Hospital(写真1)と提携し生き残った被災民の援助活動をすることに決定いたしました。私は国境なき医師団でのミャンマーを含めた様々な災害紛争地での経験(写真2,3 私のCVや国境なき医師団のホームページ等を参照にしていただければと思います。)、及び熱帯医学、公衆衛生、国際保健の知識を評価され、Pun Hlaing International Hospitalが擁する医療チームのMedical Coordinatorとして招聘されました。いまだ混沌とした緊急状態が続く状況の中、大きな必要性があるため、私はこれをVolunteerとして引き受けることといたしました。災害医療や熱帯医療、また地域医療の経験の浅い医師達に教育を施し、医療品の管理、そしてUN及びWHOと協力しながらデング熱、マラリア等の感染状況の調査等について支援することとなりました。Pun Hlaing International Hospitalの医療チームは、高度医療病院での経験豊富な医師、今回の災害を受けVolunteerとして集結した現地の医師、そして研修医(90%強)と看護師で構成されています。しかし経験豊富な医師たちを含めこれら全ての医師達はこれまで災害医療、小船を使った移動診療の経験がなく、また熱帯医療に関してもその知識は長い間の政治的不安定から最新の教育を受けることができなかったため古く、既に5月中に緊急の要請があり80名のMedicalStaffに対し教育を行い、新たなVolunnteerのために継続を決定しております。(写真4)その上こういった災害時、熱帯医療に必要な医薬品の知識が欠けているため、医薬品の選定、梱包、輸送等の管理及び指導も始めております。今後チームの疲労を見てRotation等も考えねばならず、仕事は重要かつ膨大です。

先にも述べましたが、デング熱の大量発生のためすでに多くの被災民がその犠牲となっており、HuMA及びPun Hlaing International Hospitalチームの担当する地域では4人の子供が亡くなりました。まだデング熱の季節的なピークを迎えていない今でこの状態であることから、今後より多くの人が犠牲になる可能性があります。被災地に入った診療チームのメンバーも既にデング熱に罹患した者もおり、救援する方も覚悟が必要な状態です。

この10月まで続く生死を分ける状況は、一般に言われているような復興回復期とは程遠いというのが現状です。サイクロンによって家族を亡くした人々、特に今回のサイクロンで両親をなくした子供たちの心のケアも急務になっております。写真にて(写真5)紹介する子は死を覚悟した両親が木箱に子供を入れ濁流の中に流し、幸運にも生き残った人に引き上げられました。逆に死を覚悟した両親が子供たちをつぼに入れすべて沈んでしまったという話もあります。こうした人々の心のケアが必要なのはわかりきっていることなのですが、国際援助の手が届かない今ほぼ全てのことができません。現地の留学経験や臨床経験が豊富な多くのPsychologist達はすでに取り組みを始めていますが、施設も何もかも吹き飛ばされ、流された今、屋根の飛んだ僧院や教会で行おうとしています。せめて雨期の中の雨風をしのげる最低の場所が必要ですが、資金、物資の流れが国際的に滞っている今どうしようもありません。学校もすべてなくなったため、Pun Hlaing International Hospitalではこういった心のケアの活動の中心となる、一時的な学校のようなものの建設も予定しています。

HuMA及びPun Hlaing International Hospitalのチームは直接被災民を支援しています。未だ緊急状態という現状の中、上記に述べたように多くの良心をもった現地の人々が被災民に対して援助の手を差し伸べようとしているのですが物も資金もない今、苦しんでいる被災民に対しほんの少しのことしかできないというのが現状です。私達のGroupは様々な制限のあるミャンマーという国で被災民に対して直接の援助のできる数少ない団体です。(写真6)にもかかわらず、我々の様なGroupまでも、ミャンマー政府の国際的な孤立のため、国際的に援助が受けられず、被災民に対して十分な援助ができないという現実があり、大変苦しい思いをしております。どうか被災民の救援のため私達のGroupに少しでも援助をしていただければと思います。

ご理解とご支援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
もし義援金等集めている団体、またどこにDonationすればいいか迷っている場合等ございましたら、是非HuMA(URL:www.huma.or.jp)にご連絡くだされば幸いに存じ上げます。

林健太郎
特定非営利活動法人災害人道医療支援会 医師
Kentaro HAYASHI
HuMA−Pun Hlaing International Hospital Cyclone Nargis Medical Relief Team
Medical Coordinator

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写真1

写真1

写真2 私の以前のミャンマーでの医療活動と記事(Medical Activity In Myanmar)

写真2

下の記事は私がMyanmarで活動していた際、読売新聞の取材を受けた時のものです。

写真2

写真3 Medical Activity MSF
国境なき医師団でのNigeria Mission。麻酔医、救急医として活動

写真3

Sri Lanka, ジャフナ半島Point PedroでのMission。昼夜を問わず砲弾の飛び交う中で、救急医、麻酔医、及びMass Casualty Plannerとして活動。

写真3

イラク、クルド自治区、スレイマニアの外傷火傷センターにて、救急医、麻酔医、集中治療医として活動

写真3

写真4 Myanmar Medical Training
下記の写真は先日ミャンマーに訪れた際被災地に派遣されるDoctorに対してTrainingを行った時の様子です。

写真4

隣の彼は国境なき医師団の活動にて共に働いていた同僚ラテ医師で彼に通訳そしてマラリア診断キットのデモンストレーションを行ってもらいました。

写真4

このような若い医師たちが被災地に向かい医療救援活動を行います。

写真4

すでにこの中から40名の医師が被災地に向かい現在も医療活動を続けております。

写真5 Myanmar Orphan
この子供は上述の通り死を覚悟した両親に木箱に入れられ幸運にも生き延びた子供です。悲惨な写真も多くありますが、この場では控えさせていただきます。
この子以外にも両親を亡くした子は大勢います。またこの子供たちが、サイクロンにすべてを奪われ、マラリア、デング熱、コレラといった危機的な環境の中雨期が終わるまで生き延びられる保証はどこにもありません。

写真5

写真6 Relief Activity
これはNational Staffに託し、被災した人々に食糧を配給している様子です。

写真6

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学芸大附属竹早中学校13期C組杉の子会の皆様へ(2008年4月)

皆様お元気でそれぞれの新しい年度をスタートされたことと思います。

去る3月29日に開催のクラス会には16名の方々(杉山先生・男性8名・女性7名)のご出席を頂き、共に楽しい時間を過ごすことが出来ました。今回は、昨年ご出席になれなかった方も3名加わってくださり、心から懐かしく約30年振りの再会を喜び合いました。杉山先生には今年もまた素晴らしい思い出のエピソード(バスケット部の顧問になられた頃の秘話など)をお話して頂き、昔の生徒一同は感動しながらお聴きしました。

今年は「桜の花の季節に」と企画しましたら見事念願どおりの満開、最良の花見頃となり、二次会の後、赤坂アークヒルズまで歩いてスペイン坂と桜坂の見事な桜並木でお花見を満喫してからの散会となりました。そして来年もまた、こんどは「ツクシが顔を出す頃に」(2009年3月7日か14日あたり??)クラス会を計画できたら・・・と再会を願ってお別れしました。

皆様に記念の写真をお送りいたします。(三浦 實さん、撮影のご労を有難うございました)出席者のスピーチでは、お嫁さんやお孫さんの楽しい話題も出る年代になりました。また、誰も皆それぞれに家族・健康・仕事・その他、多少の悩みや問題も抱えているようでした。けれども中学校生活を共有した思い出が元気と笑顔をくれたようですね。皆さん、いいお顔をしています。杉山先生のお話からの教訓「よく考えれば何か道はあるはず」にも励まされて、「抱えている問題」は「取り組む課題」へと方向転換できたような気がしました。

というわけで、ご出席の皆様、葉書に近況を寄せてくださった皆様、どうも有り難うございました。残念ながら今年はご欠席だった皆様、来年は是非お会いできますように、楽しみにしています。

杉山先生とクラスの皆様のご健康を心からお祈りしています。

今回の幹事:中島宣雄・三嶋 明・流田 直・西村芙沙子

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「道草」の愉しみ 28期 高木 直人
(フレッシュアップコミュニケーション18年度より転載)

仕事を通じて知り合った友人・知人にはバイク(自転車)好きが多い。単なる好きモノから業界有名人、一昼夜かけて6〇〇qを走破する猛者に元全日本選手権チャンピオンまで、さまざまなメンバーが揃っている。彼らの影響を受けて、自分専用のバイクを購入したのが数年前。とはいえ彼らのような本格派とはちがい、至ってノーマルかつリーズナブルなバイクだ。なにせ連中のバイクときたら、大卒サラリーマンの初任給クラスから、ちょっとした自動車が買えてしまうぐらいの代物。(プロは別として)「妻にはちょっと(金額は)言えない」というのが彼らの本音である。

以前は普段使い以外ではたまに通勤時に乗るぐらいだったが、ここ数年、週末には自転車で「ポタリング」に出かけることが多い。ポタリングとは一般的にはあまり馴染みのない言葉だが、ベストセラー『ハリー・ポッター』シリーズの主人公の名前と同じ綴りの「potter」のING型で、自転車でブラリと出かける散歩のこと。「ゆっくり行く」とか「ぶらつく」という意味があるそうだ。脚の向くまま、気の向くままに走っては、風景を眺めたりお店を覗いたりして「道草」を愉しんでいる。

住まいが大田区にあるので、都心方面や埠頭の海浜公園など、行き先には事欠かない。その中でも特に気に入っているのは多摩川の川辺を走るコースだ。川風の心地よさ、視界を遮るもののない広い空、そして河原でのコーヒーブレイク。それに加えて川沿いのところどころで途中下車しては、街なかのあちこちを観て回るのも楽しいルートで、そんなところに魅かれて、かなりの頻度で多摩川に向かっている。

自宅を出て、第一京浜を西に約10qで多摩川の六郷橋。ここを右折して『多摩川サイクリングロード』を上流に遡れば、約8qで中原街道と交差する丸子橋に到着する。

四月初旬、この丸子橋のそばの『桜坂』に立ち寄った。ここは2000年に福山雅治さんが歌って大ヒットした同名の曲のモデルになったところ。当時は大勢の福山ファンや観光客が詰めかけて、自転車はおろか歩くのもままならない状態だったが、最近はかなり落ち着いてきている。とはいえ、桜の季節。大勢の花見客でにぎわっているのは、いずこの桜の名所と同様ではある。

坂を上がり、道に架かっている赤い橋を渡る。橋の中央部で立ち止まり、桜の枝を見上げたその時、ふと私たちが「桜並木」と呼んでいた小石川の坂を思い出した。

竹早中学卒業生の皆さんにとっては旧聞に属することとは思うが、春日通りの小石川5丁目から坂下の千川通りの(小石川)植物園前までのこの坂の正式名称は『播磨坂』。今は『播磨坂桜並木』の名で、桜の名所として知られている。全長は400mほどなのに、道幅は約40mもあるこの坂は、もともとは月島から赤羽橋までの『環状3号線』計画の一部。当初の計画では三つ目通り、言問い通りから小石川を経て外苑東通りに続く、都内を環状に巡る道路になるはずだったそうだ。

在学時代、文京区の実家から竹早中学まで(正規の通学経路はバス通学だったのだが)、桜の季節には決まってこの坂を歩いていた。晴れた朝には花びらが青空に映え、とても美しく思ったものだった。

私も含め、ほとんどの竹早中学の生徒は自宅と学校とでそれなりに距離があるので、こういう「道草」を愉しむ機会に恵まれていたように思う。(校則的にはいかがなものか? は別として)卒業生の皆さんにも多かれ少なかれご経験があるのでは、とも。

私の場合、まっすぐ家に帰ることあまりなかったように思う(福岡先生、ごめんなさい)。下校時にも、よくこの坂の上のパン屋さんで飲み物を買って(ごめんなさいっ!)、すぐそばの竹早公園のベンチで休憩したり、隣の小石川図書館で本を読んだりしていた。

ほかにも真砂町の玩具店でプラモデルを物色したり、茗荷谷のハンバーガーショップや後楽園のパン屋さんで買い食いをしたり。小石川植物園も格好の道草ルートだった。園内の池でザリガニ釣りに興じていて、気がついたらあたりは真っ暗、というようなこともあった。釣りといえば、柳町商店街にほど近い千川通り沿いに屋内の釣堀があって、大きなコイが釣れた時には嬉しくて家まで持って帰り、あわてて水槽を買いに走ったこともあった(この釣堀は随分前に閉店して、寂しく思った記憶がある)。

自宅近くまで戻ってきていても、そこから足を伸ばして池袋、大塚、巣鴨界隈の店を覗きに行っていた。池袋では『新栄堂書店』や『芳林堂書店』といった大きな書店で立ち読みすることが多かった。大塚には職人肌のおやじさんがやっているジーンズショップがあって、ジーンズを好みの形にカスタマイズしてくれるので、よく通ったものだ。巣鴨には今で言う「ディスカウントショップ」ふうのお店があって、何時間いても飽きない場所だった。

別段、特別な「悪さ」をした憶えもないのだが、私の道草癖はこの頃からのものなのかもしれない。徒歩が自転車に変わっても、街なかをぶらつく愉しみに変わりはない。

七月一日には、母校で同窓会が開かれる。時間があれば懐かしいあの坂を、久しぶりにぶらついてみたいと思っている。(在学時にはなかったと思うが)坂の上には「竹早」という名の由来を書いた看板が立っているはず。たしか江戸時代『箪笥町』の「箪」の字を上下に分けて「竹早」とした、というようなことが記載してあったと記憶している。ここ何年も行っていないが、今行けばきっと新しい発見もあることだろう。「道草の愉しみ」のタネは、ちょっとしたところにも転がっているものだから。

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同窓生の掲示板
(フレッシュアップコミュニケーション17年度より転載)

投稿者:31期55年卒業 白石 英行

40歳になってやっと最近みんな時間が出来たみたいで、プチ同窓会を開いて幼なじみと意見交換をしています。まだ、参加していない人はbunkyo@mail.ne.jpまで連絡下さい!

16年のニュースとして、島田君が楽天イーグルの球団社長に就任しました。中学校時代を振り返りコメントを書いてもらいましたので投稿いたします。


株式会社楽天野球団 社長 島田 亨
RAKUTEN EAGLES http://www.rakuteneagles.jp

中学時代、いつも成績は学年でビリかブービー。それが定位置でした(笑)。全く勉強をしなかったから、当たり前といえば当たり前ですよね。なぜ意固地なまでに勉強をしなかったのか、大人になって考えたことがあります。それはとても単純で、「勉強をする目的が見つからなかったから」です。決して言い訳ではなく、本当に「理由」がないからやる気が全くおきなかったのですね。手前味噌ですが、高校に進学してからは常に学年で1、2番でした。大学でも学部主席で卒業をしました。なぜならば勉強をする理由が見つかったからです。私の両親は中学時代に離婚をしました。父が事業に失敗をし、大きな借金を背負ったことが理由です(たぶん)。しかしそれがきっかけとなって、私は自分の人生に明確な目標を持つことができました、「会社をやろう」と。全ての勉強(机上も社会勉強も)は、いつか自分が会社をやるために・・・と考えると、なんの苦痛もなく当たり前のようにできたのです。そして目標の通り、会社を作り、上場をし、36歳で一度引退をしました。その後3年間ほど新たな人生の目標を見つけようとフリーな時間を過ごしていましたが、縁があり50年ぶりの新規球団の経営をやることとなりました。今の私の目標は、新たな球団の選手たち(プロテクトから漏れた選手たちです)に、次なる明確な目標を持ってもらうためのサポートをすることだと思っています。竹早中学校の生徒たちにも常に明確な目標を持って将来を自分で描いて欲しいですね。

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三角枝里佳 メゾソプラノリサイタル  〜ジプシーの魂〜
三角枝里佳メゾソプラノリサイタル

二期会会員メゾソプラノの三角枝里佳は、近年オペラにおいては、椿姫、コジファントゥッテ、メリーウィドウ、カヴァレリアルスティカーナ等に出演し、歌曲、オラトリオの演奏にも力を入れていますが、今年は3月にはニ期会本公演「魔笛」で侍女3を、7月には新国立劇場鑑賞教室「蝶々夫人」にケートで出演させて頂き、活動の場をさらに広げるべく努力を続け、そして今年は10月25日に、初のリサイタルを開催することになりました。

今回は今まで暖めてまいりました作品の中から「ジプシーの魂〜L’anima della zingara」と題し、かねてから是非初のリサイタルで演奏したいと願っておりました、ジプシーをテーマとした様々な作品を集めて演奏致します。

その言語体系からインドが源流と言われるジプシーは、インドから西に移動し15世紀にヨーロッパに辿り着き、当時彼らのエキゾチックな風貌や独特の音楽、ダンス等はヨーロッパの人々にとって珍しく、芸術家達を触発し、様々なジプシーをテーマとした芸術作品が生まれました。

今回は、ジプシーをテーマとした歌曲作品の中から、イタリア、フランス、チェコ、ハンガリー、ドイツと5カ国の名作曲家による作品を選び、その魅力を比較しながら演奏をしたいと思っております。つきましては、初のリサイタルに是非多くの方々にご高覧賜りたくご案内申し上げます。


三角枝里佳メゾソプラノリサイタル 〜ジプシーの魂〜

ピアノ: 河原奈美
日時: 2005年10月25日(火)19時開演
会場: 王子ホール
入場券: 4000円(全自由席)
曲目
  • ドニゼッティ作曲 ジプシー女
  • ビゼー作曲 歌劇「カルメン」よりセギデーリア
  • ドヴォルザーク作曲 ジプシーの歌 全7曲
* * * * * * * * * * * * * * *
  • リスト作曲 3人のジプシー
  • ブラームス作曲 ジプシーの歌 全8曲
問合せ先: イリスミュージック TEL 042- 577- 6519
チケット問合せ: 東京文化会館チケットセンター TEL 03- 5815- 5452
王子ホールチケットセンター TEL 03- 3567- 9990

又は下記の私の連絡先まで御連絡頂けましたら、チケットをお送り致しますので何卒宜しくお願い申し上げます。
三角枝里佳 (29期 三角映子) e-misumi@tkh.att.ne.jp

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3期竹早同期会 開かれる
3期竹早同期会画像

3期竹早同期会が、平成16年6月13日午後、
赤坂、全日空ホテルにある中国料理「花梨(かりん)」で開かれ、
41名が出席しました。
幹事は、野口育子、田中、渡辺、野口幸雄、荒川。


会は、野口幸雄君の開会の辞、高柳君の乾杯に引き続き、 西穂高にて遭難死した金子隆司君と島田敏彦君の慰霊祭に参加した、 神宮さん、田部井君&山本君から報告がありました。みんなでご冥福をお祈りしました。

しばし歓談の後、遠方から来られた方々、田島君(札幌)、酒井君(大阪)、広部さん(神戸)から 近況報告を頂きました。その後、野口幸雄君提案の「みんなの意見調査ゲーム」により、 我々年寄り世代の思考方向を相互に認識しながら楽しい議論になりました。 準備した問題の半数も処理出来ずに時間切れになり残念でした。
長いようで短かった約3時間の1次会が終わりましたが、素敵な料理が印象的でした。

2次会は、ほとんどの方が、同じホテルの32階にあるラウンジに集まり、 更なる議論に花が咲きました。32階からの眺めも素敵でした。

参加者全員の写真は、同期生名簿とともに欠席者58名 (同期生は121名で、逝去者15名、連絡先不明者7名)に送られ、喜ばれました。
次の同期会は来年6月12日(日)の予定です。
次回幹事は、鵜殿、小森、石井、堀田、宮田さんです。



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